課外授業
山百合幼稚園の建っているこの場所は、以前は険しくそびえ立つ山で、頂上には 東京湾の潮風が吹きあたり松の木もたいして育たない松山で通称「馬車屋泣かせ の山」と呼ばれていました。
唯、夏には美しく咲き匂う沢山の山百合の花が遠くからも点々と白く見えたのが印象的でした。山裾は粗大ゴミの捨て場と化し、建築の残材や古畳に茸が生え たりしていました。
日本昔話の絵のように山また山が重なりあって、日暮には出 歩くものもおらず、静寂の中に梟(ふくろう)の声が不気味に響いていました。
やがて真っ白な園舎が出来上がると「まるで科学研究所のようだ」と言われま した。
草も木も無い殺風景な有様で植木は本職に依頼しましたが、花の苗を自宅から 掘ってきたり、近所で薔薇の枝を切り捨てているといただいて来て挿し木をした り幼稚園らしく花いっぱいにしようと懸命でした。

小動物を飼育して、その可愛 さと、生命の尊さを子どもたちに知らせたいと考えて兎を飼いました。

しばらく すると、一度に十一羽もの兎の赤ちゃんが生まれました。
  今のように粒飼も無いので、私はタンポポを探して歩き、道行く人達に「薬草 でもお探しですか?」一と聞かれたりしたものです。

この時、採り尽くしたので この辺りにはタンポポはありません。
激暑の夏休みにプールを造りました。こうして山百合幼稚園が完成しました。

平成7年3月13日発行 会報やまゆり故市原よし子園長の手記 より抜粋